新年度ですね
みなさん、お疲れさまです、もうすぐ4月というのに、まだまだ寒いですね。
大変忙しかった2月3月、まだまだ、忙しさが続いている人もいると思いますが、よろしくです。
そんな中で、今野君の入籍の話題には、私にも、みなさんにもフレッシュな息吹と、新しい季節の訪れを感じ取れたでしょうか。
今野君夫妻と社員のみんなに幸多かれと思うと、会社の社員の皆さんに対して、自分の責任の重さに、改めて身も引き締まる想いです。
4月から、世間一般では新年度です。
春風の中を、紺色のスーツ姿の新人さんが集団で闊歩する光景が、目立つ季節となりますね。
当社も4月から、情報処理部に新卒の高木さんとアルバイトで参加していた山根君が、新入社員として、正式採用となります。
みなさんも、新しい仲間に、いろいろと面倒を見てあげて、良いスタッフに育ててください。
私も、2月くらいから作業を続けていたオンデマンドDVD、3枚一組50セットが皆さんのご協力で、やっと納品できました。
本編ムービーを編集して、タイトル、エンディング、エフェクト、チャプター、Webリンクの設定、コーディング。
DVDの書き込み、ラベル・レーベル印刷も全て社内で出来ました。
おまけに、Web用ムービーも作り、全てが初めての割には、よく出来たと思っています。
お客様にも好評で、内容が経営者向けの講演会なので、私には、講演会の内容も、DVDのオーサリングも大変勉強になりました。
このような製作物を作るとは、10年前には想像もつかなかった事です。

われわれの会社も、仕事の内容も、今から10年前には考えられないくらいの変化に対応してきました。
日々、社会の技術やインフラが進歩しています、今年度も、多大な変化が始まります。
われわれも、ちょっと先を見据えて、クライアントに提案できるスタンスを常に磨いておきましょう。
追記:
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中国のかば茶
3月19日の日曜日、当社に、かば茶を紹介してくれた、北見の今井社長と伴に、昨年の10月におじゃました中国河南省鄭州で、樺の孔茸茶を大々的に始めた、日系二世の佐藤社長が久しぶりに来札され、お会いする事ができました。(あちらでは、大変お世話になりました)
今回の来札は、中国産の樺の孔茸茶を日本へ輸出するにあたって今井社長との、打ち合わせでした。
私も、日本で販売する、ラベルのデザインをたのまれました。
中国で生産されているラベルのデザインは、以前、佐藤社長が当社へ来社した時に、私が参考として集めていた、お茶のラベル見本の一つを持ち帰ったものとまったく同じデザインで、薬事法に引っかかる効能まで書いてあるラベルでしたので、日本では、何かと大変な問題が生じるラベルです。
今回は、日本向けラベルのデザインで中国から日本に送り、厚生省の輸入認可を取得する目的で進んでいるようで、輸入許可がおりると、その後は、商社や大きな企業とのやり取りになるでしようから、お役御免でしょう。
佐藤社長は、行動と決断が早く、中国でも共産党の役員やお役所のお偉いさんを手玉に取り、次々と事業を大きく広げています。

私たちが昨年の10月におじゃました時も、連日、共産党の役員やお役所のお偉いさん達の宴会に引き合わされて、気の休まる日がなかったです。
(佐藤社長は、中国のお偉いさんを紹介して、私たちに自慢したかったのでしょうね。)
中国では、あたりまえの客人の持てなし方なのでしょうが、テーブルの上には収まりきらないだけの料理を目いっぱい出され、食べろ、食べろと目の前に山と盛られましたが、地元の中華料理の味は、日本人が想像する味とはかなり違い、食べられるものが限られ、持てなしの宴席で脂汗をかきながら、相当無理をして食べていました。
又、小さなグラスに注がれた白酒を、テーブルにトントンと打ち、カンペイの一言で一気飲み。(50度近くまである、きつい酒です。)
私も、酒はいけない方ではないので、御付き合いしましたが、何十回もやると相当きつかったです。
(一度、昼食でカンペイをしていて、気がついたら、次の日の朝だったのですが、その間の記憶がまったくなく、大変な、失態をしてしまいました。)

札幌で待ち合わせした、札幌華僑会館内の中華料理店でも、昨年の河南省鄭州で一週間も、昼夜問わずのもてなしてくれた宴席と同じく、テーブルの上に収まりきらない量の料理を振る舞わられ、白酒で再会をもてなしてくれました。
(失態をした事を思い出されてしまいました。)
この中華料理店はまだ、鄭州での中華料理とは違い、日本人の味にマッチした料理でしたので、大変おいしいくいただきました。
ボーダレスと言われて久しいですが、こうして、国を超えた話題が身近にあることが、時代の変化をつくづく感じます。
社員の皆さんの中にも、国際的な失態経験のある方はトラックバックしてね。
追記:
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沖縄でした
3月5・6・7日と3日間、代理店の知人(昔、同じ会社の先輩)に誘われて、沖縄ゴルフツアーに友人の相棒T部長と参加しました。
去年は、相棒T部長ら身近な仲間4人と、パックツアーに参加して珍道中でしたが、今年は、おつきあいの延長で、少しお行儀よく行動してまいりました。
飛行機はJAL、札幌からの直行便。出発時間は機材遅れで30分延び、何が起こるかわかわない、今時のJAL。内心どきどきだったのは私一人だったのかな?
スッチーさんは綺麗どころばかりそろえているが、他にも目配り、気配りしてほしい、今度の社長さん。
又、今回の目的の一つとして、昨年に沖縄で購入したシーサーのかたわれを手に入れようと思って、ホテルへ到着後すぐさま、T部長と国際通りへ直行。
シーサーの置いてある土産屋をずいぶんと探したが、目的のシーサーは見つからず、あきらめました。T部長曰く「今年も私に振り回された」。

やはり、シーサーは2匹で一対。先月、東京で立ち寄った、居酒屋さんが沖縄の方々のお店で、シーサーのことを尋ねてみると、口を開けている方がオスで、向かって右に置き、幸運を吸い込む。口を閉じている方がメスで、幸運を逃がさない、と説明してくれました。
私の幸運は吸い込んでも、おしりから抜けていくのでしょうか?
国際通りに交差する、平和通り商店街。去年は仲間に誘われるまま、市場で魚を買って、2階で調理をしてもらい、食事。しかし、こちらの魚は熱帯魚?
想像のできない味ばかりで、今年は見学のみで、食事はパス。

6日、夜明けとともにお山の上のゴルフ場へ、私は眠い。
「パームヒルズゴルフクラブ」クラブハウスはとっても落ち着いていて満足、コースは、狭くて岩だらけ、目もさめないままに、ボールが無くなる、無くなる。


ここらあたりのゴルフ銀座は戦争当時、米軍の艦砲射撃が雨霰と降った所、こちらに来る前にテレビの特集で、ボランテアの人達と戦争遺族の方々が遺骨調査で、遺品の数々を集めているいるのを、確かこの地域だろうなと思い出しながら、自分は玉探し。なんて平和な我が身でしょうか?
一日目のゴルフを終えホテルにて、表彰式と懇親会7〜80名中65位の跳び賞、私の腕前がばれるでしようか?
主催者側の社長さんは、年間200回もプレーするとの情報、顔は真っ黒、贅肉はなし、元気はつらつ、会社は順風漫歩、大きなシーサーがいつでも隣にくっついているのでしょうね、うらやましい!宴もたけなわ、明日もゴルフ。早く寝たい。
朝日も昇る前からバスに乗せられ、やっぱり眠い。
2日目「サザンリンクスゴルフクラブ」去年もプレイしたが、美しいコース、ここの名所は絶景、絶壁海越えのホール。

相棒T部長は去年このホールで、無念のOB。
今年こそはと、打でた球は、会心のスライスショット!エメラルドブルーの珊瑚海へと再度の玉砕。T部長の、絶景絶壁海越えは、今回も、来年まで持ち越しでした。
一年は早いものです。オリンピックは4年に一度、沖縄は来年も待っていてくれそうです。
来年こそは、シーサーの片割れを探し出し、幸運を手に入れよう。
追記:
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